みなさまこんばんにゃ。
やっぱり八戸の冷たい空気を吸ったらちょっと風邪をぶり返した夏川です。
でかい加湿器欲しいよお。

さて。。。
前回の記事で、いきなり八戸行きを宣言して、夜に詳細をとか書いときながらやっぱりもたもたしてしまいました(-_-;)すみません。。。
今夜、改めてお知らせさせていただきたいと思います。


 今回、私事で、8日の高円寺楽やさん「楽やセッション」、10日の四谷アウトブレイクさん「無茶」、15日の蕨ミニ劇場さん「SM大会」を降板させていただいてしまいました。ぎりぎりまで悩んだのですが、このような結論になってしまったこと、深く深くお詫び申し上げます。

 あまり身内の話をこういった場で語るものではないと常々考えておりますが、今回は3か所のお仕事をお断りさせていただいてしまい、ご依頼主の方々、そして楽しみにしてくださっていたお客様に大変なご迷惑とご心配をおかけすることになってしまいましたので、ある程度の詳細をきちんとお話ししなくてはならないな、と思う次第ですm(_ _)m

 以前から、母の具合が悪いため今年の2月ぐらいから八戸に1~2ヶ月ほど滞在することになると思う、ということは関係各位、お客様方にもことあるごとにお伝えしておりましたが、12月の短期入院で母の体調がかなり悪いことが判明し、急遽、12月27日から1月4日までの間、帰省しておりました。
 母と妹と甥っ子との4人で久しぶりに年の瀬を過ごし、無事に正月を迎えることができ、本人も「どこまで持つかね~(笑)」なんて話しておりましたが、元日の夜に母の体調が悪化。タクシーでかかりつけの救急外来に行ったところ、レントゲンやCTの結果、12月の入院時から見てもだいぶ病気の進行があるということで緊急入院となりました。

ここ数年で、叔父、父、祖母と、3人の瀬知家の要が亡くなりましたが、彼らは自分で死に際を拵えることができる(ようは好き勝手にやってきたw)人々でしたので、周りは彼らの最後の希望や指示やワガママを「あいよ~」と言ってウケタマワるだけでOKでした。父と祖母の時の私なんて、数度の見舞い帰省ののち、死後に駆けつけ喪主だけやってトンボ帰りというありさまでありました。
 しかし母は、身一つで三重県から押しかけ女房したことにより自分の「好き勝手券」を使い果たしてしまったようで、大概の母親がそうかもしれませんが、自分のために生きる、という感覚があまりなかったのではないかと思います。

 八戸の瀬知家は叔父、父、祖母がそれぞれが文章や絵や俳句など、自分の作品を残すことのできた芸術一家でもありましたが、母の作品、母が生み出した作品といえば私と妹です。母にあとどのくらいの期間が残っているのかはわかりませんが、東京で長期熟成された我が作品を少しばかり手元で眺める時間を持ってもらえるのも今しかないなあと思い、ちょっと前倒しで八戸の長期滞在を思い切らせていただきました。ほんとはもうちょっと熟成したかったのですが、薄味好みの母なので意外とちょうどいい時期なのかもしれません。うっかり腐っちゃうかもしれないしね。
 入院のベッドサイドにいるもよし、体調が持ち直してお出かけできるならなおよし、前回の入院時から頻繁に言っていた私のライブを聴きたいという願いを実現できたらもっとよし。
 そうこうするうち母がどんどん元気になってあと数年持つかもしれませんが、この2ヶ月ほどを一緒に過ごすことにより、「なあんだ、私もけっこう好き勝手に妙な作品作ってたんだわねえ」と思えたなら、生きうる限りの時間を、自分のための拵えに使って欲しいなあと思っております。

 思えば誰しもが、残り時間などわからない、同条件の現在を生きています。どこからが死に向かう人でどこまでが生きている人か?なんて境はありません。明日の計画を立てる、その明日に向かって今日を暮らす、というのは、本当に、死に際を拵え続ける行為なのですね。人生年数なんてその積み重ねの結果で、長い場合もあるし、明日、「いや~拵えといてよかった~(ホッ)」とか「あんな壮大な人生設計立てるんじゃなかった~!」いうことになる場合もあるのですよね。
 しかし病気や事故で「自分の」死というものをはっきりと意識するまで、ひとはそれになかなか気づきません。頭では分かっていても実感としてはなかなか気づけません。
 今回の帰省は、一方で私の死に際を拵える作業でもあるのだと思います。私がどのように死にたいか、それが即ち、今日をどう生きるのかということ。なかなか雑事や煩悩が多くてすんなりとは行きませんが、母とともに、少しそのことを考えてみたいと思います。これからどうするか、どうしたいか、母が「好き勝手に自分で拵えていいんだ」と思えたら、私の役目は終わりです。この2ヶ月ほどでそこまで行ければ、あとはその時がいつ来ても大丈夫。あとは、彼女の希望や指示をウケタマワるだけ。そのような構えで、しばらくを過ごさせていただきたく思います。

 皆様には余計なご心配、ご迷惑をおかけすることになってしまいますが、夏川あきが「瀬知素子として活動しなければ」と思い立ったのも何かの啓示かもしれません。今年、瀬知素子としてどんなふうに変化していくのか、見守って戴ければ本当に幸いです。
 皆様もこの寒い時期、くれぐれもご自愛くださいませ。私はもう少し八戸の寒さに慣れたらバッチリです。たぶん。
 何かありましたらまたブログ、フェイスブック、ツイッター、ミクシーなどでご報告させていただきますので、この瀬知素子を、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます<(_ _)>


【写真】車の中から撮った種差海岸のはしっこ
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